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zwischen der Welt
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ロンドンの街を歩きながら、日々感じることを綴ります。
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久しぶりの・・・。

2011/08/28 17:59
ロンドン生活を友人達に少しでも届けたくてスタートしたこのブログ。
目的を達し、ロンドンを離れた今、かなり長いこと放置でした(汗)。
それでも、自分がロンドンにいなくても、ロンドン関係の情報を探して、
覗いてくれる方もいて、「記録に残っているってすごいなあ」とか
「少しでも人様のお役にたっているのかなあ」と単純に思っていたり
するのです。
ただZwischen der Weltなんてでっかいタイトルをつけてしまった以上
どう継続しようか考えているうちに、忙殺され、今日に至ります。

仕事上、日本国内を移動する機会に恵まれ、また日々の生活の中でも
「あー、日本って本当にいいよなあ」とか「この日本的な習慣が・・・」と
ポジティブにもネガティブにも感じる日本。思わず書きとめたくなるような
小さな日常の出来事を、細々と書いていきたいな、と急に思い立ち、
つらつらと書き出してみました。

久しぶりに、自分の文章を書いてみようと思います。

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最後の最後で

2010/07/23 06:52
最近天気のいいロンドン。
そんな中ふたりして風邪ひきました。

どうやら相方くんの同僚が北欧から持ちかえって来た風邪らしい。相方⇒私の順に家庭内感染中。

始めにかなりの高熱が出て、食欲はあるけれど、その後は微熱とのどの痛みが長いこと続く。相方くんはのどの痛み後半戦。私は熱を無理やり薬で下げたばかり。前例が目の前にいるので、今後の自分の行方がよくわかる。

今日は(受験料払ってしまったし)ちょっと無理してTOEICの試験を受けに行ったのだが、頭がボーっとしてしまい、ワタクシ全く機能せず。受験料もったいなかったなあ。試験やっぱり受けなおした方が自分のためにいいかなあ。
実は3週間前にも別の学校でTOEICを受けたのだが、その日はロンドンにしては珍しいほどの高温。大通りに面していたその語学学校(クーラーなし)は、騒音を理由に窓を閉め切って2時間の試験を行ったため、後半からは流れ出る汗との戦い。今日はそのサウナTOIECのリベンジのはずだったのに、その願い叶わず。つくづくTOIECとは縁がない。

移住計画は少しづつ進行中。

ロンドン残り10日。
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恐怖のサッカー観戦

2010/07/20 07:20

ワールドカップが終わって1週間。日本の皆さまには申し訳ないですが、時間に左右されることなく、多くの試合を観戦することができました。最初のうちは日本もドイツもイギリスもどこも応援しなきゃいけない、と思い大忙しだったけど、結局この中で一番強かったのではドイツでしたね。前回3位だったから、今年こそはもう一歩、と願っていたけど、またしても3位。何ともカナシイ運命。

今回のサッカーはいろいろな場所で観戦したけど、最大の思い出はドイツーイングランド戦。そう、あのイギリスの1点がカウントされなかった、誤審の試合です。

忘れもしない6月27日(日)。その週末は1か月前からドイツ人の友人が遊びに来ることになっていた。ロンドンでの計画を練っていた所、数日前にその日のドイツーイングランド戦が決まる。もうロンドン観光どころではない。当然サッカー観戦が週末のメインイベントとなる。

当然観戦場所にはドイツレストランを選び、試合開始に合わせてレストランへと向かう。
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道中にあったサッカーくじや。結果どっちも大外れ。それにしてもイギリス人はよっぽど自信があったと思われるスコア。

が、しかし

黒服のごついドアマンがサングラスの裏から睨むような目つきで(←想像)「予約なしでは入れない」と断ってくるではないか。たかがサッカー観戦ですよ?食事をするんじゃないんですよ?ビール片手に部屋の隅にでも立たせてもらえればいいんですよ?この冷血漢はイギリス文化だろうなあー。店の前には同じように入店できなく、困っている人がかなりいた。

しかしだ。サッカーを見ない訳にはいかない。試合はもうすぐ始まるのでとりあえず一番最初に見つけたパブへ。当然のことながらここはイギリス社会。また運の悪いことに、この時いた場所は、観光客の来るよう場所ではなく、また住宅地としても中の中くらいの土地柄。(ロンドンは住宅地での階級の区別がとてもはっきりしている。)かなり「イギリス色」の濃い地域だったと思う。ドイツ社会に入り込むつもりで心の準備をしてきたので、現実に頭がついてこない。ただ感覚的にここで「ドイツ、いけー」なんて叫んだ日には袋叩き?!?! という恐怖感は確実にあった。といろいろ心配しながら大画面の前に無理やり入り込む。前にはイングランドのユニフォームを着た30代くらいの男性集団。タイヘンモリアガッテオリマス(汗)。
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パブ内の様子。大型スクリーン、普通のテレビ、併せて20台くらいはあったように思う。パブの売り上げにはサッカーの行方がそのまま反映するに違いない。

が自分の場所を確保し、落ち着いて数分するとなんと後ろからドイツ語が聞こえるではないか?!?! 振り向くとそこには20代前半のドイツ人女の子×3。しかも堂々とドイツを応援している。どさくさに紛れて、友人と共に若返った気分でドイツ人集団に便乗してドイツを応援。ナカマガイテヨカッタ。

が、流石にドイツに得点が加算されると、全席の若きエネルギー溢れるイギリス人軍団、立ちあがって叫び出す。イギリスのチャンス時も。もちろん誰でも示す当然の反応なんだけど、リアクションの大きさ(=熱の入り具合?)が見たことのないレベル。コワカッタデス。

試合結果はご存じの通り、4-1でドイツの圧勝。誤審があったので本当は4-2と言いたいところ。もし2-1でドイツが準々決勝に駒を進めていたら、その晩はイギリス全土で暴動だったんじゃないかと思う。よく4点も取ってくれた、ドイツチームよ、ありがとう。(本当は誤審がよくないのだけれど。)
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そして誰もいなくなった。わかりやすい人達です。

そして試合が終わって3分もしないうちに100人くらいいたと思われるイギリス人達は撤退していった。なんとあっさりしたこと。ある意味、ドイツパブでは決して味わうことのできない、ロンドンならではのサッカー観戦を(無事に)することができてよかったのかも。いい思い出です。
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マナーハウス

2010/07/18 21:29
先日、晴れた日のお昼に、英国のマナーハウスなるものに行ってきました。

マナーハウスとは「中世ヨーロッパにおける荘園(マナー)において、貴族やジェントリに属する地主が建設した邸宅。」(Wikipedia)のことらしい。英国には貴族制度がまだ残っていて、実際に伯爵とか侯爵の称号をお持ちの方が1,300 人程いらっしゃるという。タイタニックの映画に出てくるような貴族が今もどこかで、当時と同じような生活をしているのかどうかは疑問だけれど。
今イギリスで、マナーハウスとか、カントリーハウスと呼ばれているものは、以前貴族が所属していたもので、現在はそれを保存しながら一般の人も出入りできるように、ホテルなどになっている。ちなみに宿泊もできるけど、お値段もそれ相応。今回行ったグレイトフォスターズでは宿泊100ポンド(13,000 円)〜、というが実際週末、夏などの条件が重なると、倍くらいかな〜と想像。

今回行ったマナーハウス「グレイトフォスターズ」はロンドンから西に車で40分くらいの場所にあり、車さえあれば、マナーハウスの中では比較的簡単に行きつくことができるらしい。ここの素晴らしい所は、御屋敷だけでなく、まさに英国庭園、といった感じのお庭が限りなく広がっていること。手入れされた芝生と季節の花々。不思議の国のアリスに登場する白ウサギがどこからか慌てて出てきそうな感じ。

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↑屋敷の正面入り口。入口のドアは不審者が入りにくいようにと私でも屈んで入らなければならないほど小さい。

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↑御屋敷の裏(庭側)から。心が落ち着く贅沢な空間!!!

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↑館の入り口、今はホテルのレセプション。深みのある木製の家具が雰囲気を出している。

今回はこの庭を眺めながら、天気もよかったのでテラスに座って軽食、という経済的な(笑)マナーハウスの訪ね方。(サンドイッチ、飲み物、デザートでひとり20ポンド、2,500円ほど)宿泊しても、きちんと食事をしてもそれ相応の値段になるので、一番マナーハウスを楽しめて、お財布にもやさしい楽しみ方がこれだとロンドン在住10年の知人に教えてもらい、連れて行ってもらったのです。そしてまさにその通り。日々のいわゆる「都会の喧騒」というのもが全く聞こえず、代わりに聞こえるのは庭園内を流れる小川と、噴水から聞こえる水の音。きれいな景色に囲まれ、気分は300年前にタイムスリップ。そんなに人も多くなかったせいか、長居しても嫌がられることなく、逆にウェイターとも言葉を交わし、お互いにリラックス。天気もよかったので、ちょっとした休暇に出掛けた気分。

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↑テラスの様子

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↑サンドイッチのお味は・・・「ここはイギリス」といった味。イマイチ

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↑デザートはさっぱりしていておいしかったー。

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↑手入れが隅々までいきとどいている庭園。こんな立派で多くの人が鑑賞に来る庭を手入れできる庭師はプレッシャーもあるが幸せだろうな、と想像。

イギリスとはどんな所なんだろう、と最近よく自問自答する。もちろん答えなんてないんだけど。でも貴族制度も、旧貴族の館も、英国式庭園も明らかにイギリスものもで、階級とか、きちっとした庭園の造りとか、そういう整然さや丁寧さが多かれ少なかれ、今のイギリスの根底に流れているんだなあ、と感じる。一緒に行った友人曰く、週末にお茶(食事)するためには、どこのマナーハウスでもかなり前からの予約が必要だそう。みんなこの歴史的空間が好きなのだ、きっと。イギリスにはいろいろな顔があり、理解をするのは難しい。

それにしても贅沢な午後だった。
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オペラ in ベローナ

2010/07/10 06:45
ロンドン生活も残すところあと少し。
最後の旅行に北イタリアに行ってきました。

今回の旅の目的はベローナでの野外オペラ。
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昨年11月の結婚式に来てくれた、ドイツ時代の戦友(イタリア人)からの結婚プレゼントで、オペラのペアチケット+ベローナ宿泊券をいただいたのです。この粋なアイデアに感心し、イタリアの夏の夜、世界遺産であるアリーナでオペラを見られることに半年前から期待を膨らませ、友人との再会も楽しみにし、待ちに待ってイタリアへ出発。飛行機は3カ月前に予約し、なんとひとり往復で(全て込みで)50ポンド程(7000円弱)。価格に対する疑問はどうしても頭を離れないが、利用者としてはどうしても使ってしまう。そして格安飛行機に慣れてしまうと、どうしても従来の航空会社を使えなくなってしまう。この格安飛行機の拡大はジワリジワリと社会にいろいろな意味で悪影響を与えている。

・・・と格安飛行機議論は一時おいておき・・・。
朝3時起き、6:40の飛行機で、ミラノの近くのベルガモという小さな町の空港へ。時差が1時間あるので、2時間のフライトで9時35分着。まずはバスでベルガモの街に出て、旧市街地を探索。北イタリアの2,000年前にタイムスリップしたような街並みは本当に素敵だ。前出のイタリア人友人が東京に遊びに来た時に「東京のどこに旧市街地があるのか?」と聞かれたのが忘れられない。浅草も、築地もこのイタリアの生活環境とは比較できない。
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ベルガモのサンタ・マリア・マッジョーレ教会。きれいなロマネスク様式。

軽いお昼を食べ、2時半の電車でベローナへ向かう。途中の小さな駅で乗り換え、2時間の電車の旅。荷物の危険も感じつつも、ふたりで大爆睡。ベローナの駅前でタクシーを炎天下の中10分ほど待ち、ホテルへ。タクシーで約10分、10ユーロ。到着するとホテルのロビーでドイツ対アルゼンチン戦が繰り広げられていた。なんとロビーにはドイツ人が30人ほど。一瞬自分達がどこに来たのかわからなくなってしまう程。テレビもドイツ語だったし、私がドイツ語で話しかけても誰も何の疑問も感じないし。この人達、世界はドイツの天下だと思っているんじゃないだろうか・・・。(実は似た場面が旅行中ずっとあった。)本当は昼寝のために少し早めに着いたのに、ドイツ戦によって昼寝の時間をなくす。ま、ドイツ快勝だったのでよしとしよう。
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その後着替えて街に出て、夕飯。オペラ開始は21時15分。街は19時過ぎから散歩をする人、食事をする人で大変賑やか。カフェで食事をしている時から、もう興奮気味。このアレーナは2,000年以上前に建てられたらしく、イタリアではローマのコロッセオに次ぐ歴史だとか。25,000人を収容出来るらしいが、ステージも組んであるので、オペラは22,000人を動員できる。当然私達の時も満席。今年で88回目を迎えるオペラはあと2カ月たっぷり続く。
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いよいよアレーナの中へ。その石組みの入り口はまるでタイムマシーンの入り口。アリーナ席は高級席の様で、男性も女性も豪華に着飾り、スタンド席は少しお洒落をした程度。気軽な席で安心。この日の演目はヴェルディ作曲アイーダ。舞台に組まれたエジプトの世界がまたアレーナとマッチしていい感じ。9時過ぎ、ようやく少しずつ暗くなり出し、オペラスタート。実は歌手がマイクを使うんじゃないかと一瞬思っていたが、当然そんなことはない。地声でアレーナ全体に声は響く。夏の夜に、こんな素敵なアレーナでオペラを聴くとは、イタリア人はなんと自分たちの財産を使って、人生を楽しむ方法を知っているんだろうか。時々観客の間にふく風の心地よさがたまらない。アイーダは金管のファンファーレも、コーラスも目立つ部分が多いので、この規模だから楽しめる場面が多かった。こんな素晴らしい演奏はどんな立派なオペラハウスにも納まらない!途中30分くらいだろうか、雨で中断したものの、続行を決断してくれ、無事に最後まで演奏を聞けた。振り替えも払い戻しもないらしいので、本当によかった。ホテルに戻った時は2時前。当然おやすみ3秒でした。
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こんな素敵なプレゼントをくれた友人に感謝し、眠気も吹っ飛ぶ感動的な夏の夜を経験し、イタリア人の生きざまに感心し、思い出に残る旅となりました。

●おまけ●
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翌日は別の演目のため、アレーナ外に搬出されたスフィンクス達。市内のカフェや宿泊施設も含め、オペラは市民総動員のイベントだと気づく。

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今回の旅で一番おいしかったのは、生ハムメロン。だいたいどこでも10ユーロ前後。このコンビネーションを最初に思いついた人は食の真髄をわかっている人に違いない。
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バービカン

2010/07/03 06:33

ロンドンに来られてよかったことのひとつは、クラシックコンサートがとにかく充実していること!世界中の有名人がロンドンに集合してくださいます!東京も確かにいいのですが、チケットが高い上にチケット戦争が厳しい。今シーズンの始まりから、随分と楽しませてもらいました。

昨日行ってきたのはバービカン・ホール。ダニエル・ハーディング指揮、ロンドンシンフォニーオーケストラ、ブルックナー7番です。ブルックナーは私がこよなく愛する作曲家で、チャンスがあればいろいろな指揮者の演奏を聴いています。今回の若き先鋭ハーディングの演奏はなかなか力強く、広く、高くブルックナーのメロディーを演奏してくれましたが、巨匠達のCDを片っ端から聞いている私には「まだ青いな」(←偉そうに、というつっこみはなしでお願いします。)といった感じ。今後に期待します。

昨日のもうひとつの楽しみはバービカン・ホールのあるバービカン・センターを歩くこと。バービカン・センターは第2次大戦後に破壊されたロンドンの一画が再開発されて作られた複合文化施設。ホールの他にも映画館、アートギャラリー、劇場などがあり、センター内には高層住宅もあり、約2,000戸、4,000人が暮らしているという。再開発計画が50年代に募集され、1982年に完成したというから、それはそれは長い道のりだったんだと思う。もちろん莫大な総工事費が投入されている。(1億6000万ポンド!)

地下鉄バービカンの駅を出ると目の前に広がるのは、どこの世界に飛んできてしまったのかと思うほどのコンクリート群。歴史的建築物が残るロンドンの市街地とは全く違うこの風景。(ドイツではこのような建築は60-70年代に建てられたセンスのない東ドイツの建物として、嫌悪されていた。)

↓地下鉄駅を出ての風景。この高層ビルはどれも住宅。↓
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↓コンクリートで囲まれた敷地の中心には人工池と憩いの場所があり、夏の暑いこの日、多くの人が思い思いにくつろいでいた。↓
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↓ホールの中は、外観とうって変わりモダンなライトニングと色遣い。コンクリートの枠組みはそのままでこんなに近代的に見えるから不思議。バービカン・ホールのイメージ色オレンジが、また雰囲気を高めている。↓
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歴史的建築物が保護されているロンドンで、なぜこのような、見ているだけで暑苦しく、威圧感すら感じるコンクリート群の建物が好まれているのだろう。ロンドン全体で住宅の高級整備化が進んでいる中、ここの不動産価値も上昇している。「バービカン・見学ツアー」に参加した知人の話では、「60年代」の建物に住んでいることを楽しみ、アパートの家具も全て60年代に統一している人もいた、とのこと。なるほど、もしかしたらそこがドイツと違うのかもしれない。

60年代には60年代という「色」があり、多人種多文化を受け入れる許容力のあるロンドンでは、それはそれでひとつの「色」として受け入れられているのではないだろうか。もちろん立地条件や、総合施設内の物件、という辺りに魅力を感じる人もいるだろう。絶対ここには住みたくないという人も当然いると思う。すごいのはこの一角には再開発の目的通り、つまり完成してから約30年経っても文化的な雰囲気が漂っているということ。ここを訪れる市民や観光客、そしてバービカン住人のパワーなんだと思う。
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TEXT言語

2010/06/25 07:21
携帯メイルというのは、どこに行っても便利なもので、こっちでもよく使います。ただこちらの携帯は日本とは異なり、Emailのアドレスを持っているのではなく、携帯の番号同士でSMS(short message service)というテキストを送ります。携帯からパソコンにメッセージは送れないのです。日本語が書ける機種もあるようですが、私の携帯は普通のものなのでローマ字のみ。メッセージは日本人が相手でも英語で書いた方が早い時は、katakana nihonngo deha naku (←私はすごく読みにくく、苦手なのですが、他の方はどうなのでしょう?)英語で書くようにしています。が、なかなか長い文章を携帯で打つのはどこの国の人でも面倒らしく、かといってこっちの機種では(少なくとも私の機種では)日本の様に可能性の高い選択肢が出てくるわけでもない。

その代わりにテキスト言語、というものがあります。

例えば

Message は msg
Tomorrow は tmr
You は u

といった感じに略して書きます。便利ですが、知らないと受け取った時に意味がわかりません。
ちなみに次のはわかりますか?(答えは横にあるので、マーキングしてください。)

Coz  because
Plz  please
Nite  night
Gr8  great

危険なのは、この短縮形に慣れてしまうと、本当のスペルを忘れてしまい、いざきちんと書かなくてはいけない時に、ミスをしてしまうこと。便利ですが、その裏面を知っていないと恥ずかしい思いをすることになります。

私が知っているのは恐らくごく一部で、奥はもっと深く、時々若い子のFacebookを見ていると何を書いてあるのか全く理解不能なことも多々あり。言語は変化していくものだと改めて思います。携帯依存率が高い若い世代の子達の言語能力に悪影響が出る場合もある、といった研究報告も先日聞きました。

さて、話は変わり、今住んでいる建物は何かと工事が多くて毎日のようにどこかのアパートか、フロアで工事をしています。で、先日郵便受けに入っていた案内。

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「入り口ドアの金属を交換するから、指定日に家にいてくれ。若しくは管理人に鍵をあずけるよう」と一方的で勝手な案内なのですが、この手書きの日付をよく見て下さい。

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Wensday ???

もちろんWednesdayのことなのはわかりますが、これもテキスト言語なんでしょうか?それとも単なる間違い?

ロンドンの人口は先日も書いたように(参照)、約半分が移民としてのバックグラウンドを持ちます。完璧なブリティッシュアクセントの綺麗な英語を話す2世、3世もいるので、必ずしも人口の半分が他言語を母国語とする、というわけではないですが、この人口構成が言葉に及ぼす影響は少なくないと想像します。
そして先日読んだ本によると、ロンドンの社会構造はここ数年で卵型から砂時計型に変化し続けているらしいです。つまり中間層が減少し、職業の専門化に伴い上層が増加、そして同時に単純労働者も増加しているということです。当然この社会構造の変化に伴い、職業だけでなく社会生活も2分化してくるでしょう。確かにこれは改めて文献で読むと納得するが、ロンドンに来て最初に感じたことのひとつ。社会格差が東京よりも大きい。街を歩いて、人々や住居を見ているだけで感じます。
このような様々な社会構造の変化がいわゆるイギリス人が誇り高く感じている(アメリカンではなく)「ブリティッシュ英語」に及ぼす影響も少なからずあるだろう。と、1枚の案内からいろいろと考えてしまいました。
以前ドイツから一時帰国した時に祖母が「あなたは日本にいなから、日本語が変化しなくていいね」と私に言ったことがありました。言葉は時代と共に変化するもの。わかってはいても、みんなそれぞれ自分のルーツを一番理想とする形で残したいという本音もあるのだと思います。


おまけ。
日本、決勝トーナメント進出おめでとう
日曜日はイギリスVSドイツ。どっちを応援しよう・・・(悩)
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